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2008年7月 4日

 記事のカテゴリー : 学会・講演会・展覧会情報

●横光利一文学会・ 第9回研究集会「特集:東アジアネットワークのなかの横光利一」(2008年 8月 30日 (土)、立命館大学)

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学会情報です。
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●公式サイトはこちら

第9回研究集会
2008年 8月 30日 (土) 13:30開始予定
立命館大学・衣笠キャンパス・創思館
特集: 東アジアネットワークのなかの横光利一

【企画趣旨】
 横光利一の生きた時代は、帝国日本の植民地的拡大の時代でした。同化政策を通じてなされた「国民化」という名の植民地主義は、東アジア諸地域の近代化に複雑な痕跡を残しました。日本近代文学が「国語」を通じて国民国家の統合を作り出したことは、その過程と無関係ではありません。本特集は東アジア諸地域における文学的表現と日本近代文学との共振について、横光利一を参照軸として考察することを目的とします。「東アジアネットワーク」という問題設定は、一国文学史の枠組みを越えて言語、文学、文化の交通を検証する有効な方法となるでしょう。
 たとえば佐野正人氏は、上海・京城・東京というモダン都市のネットワークに注目し、なかでも横光にインスパイアされながら、韓国語のシンタクスを破壊するモダニズム詩を書いた李箱の「脱・植民地主義的なあり方」(「一九三〇年・東京・上海・京城」)に注目しています。帝国日本の「国語」による支配とそれへの反発という単線的な理解ではなく、日本語による創作活動を媒介として自らの言語を掘り下げてゆく表現者たちの試みは、脱植民地的な表現のあり方を示唆していると言えるでしょう。
 こうしたケースは、上海において横光テクストの翻訳から創作を開始した台湾出身のモダニズム詩人・劉吶鴎、「中国新感覚派の聖手」と目された穆時英、横光に直接学んで作家活動を展開した巫永福などについてもいえるかもしれません。いっぽう、かつて「国語との不逞極まる血戦」を生きた横光利一が、母語ではない「国語」を選び取っていった詩人・金鍾漢を評価したことは、「国語への服従時代」を暗示するのでしょうか、それともそこにある種の越境の可能性を見ることができるのでしょうか。いくつもの課題が私たちに残されています。

◇研究発表
李錦宰 (南ソウル大学)
劉 妍 (神戸大学大学院)
謝惠貞 (東京大学大学院)

◇コロキアム
ゲストスピーカー  大橋毅彦 (関西学院大学)
ディスカッサント  崔真碩 (東京大学大学院)
ディスカッサント  金泰■(■は日+景) (高麗大学)
コーディネーター  中川成美 (立命館大学)

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